- 公共性を生み出す武蔵野プレイス(kw+hg architects代表 比嘉 武彦)
- 公共性・身体知・空間論(kw+hg architects代表 比嘉 武彦 × WIAD 大林 寛)
kw+hg architects代表 比嘉 武彦
武蔵野プレイスは、2011年にオープンした武蔵野市の公共文化施設です。
私たちは、建物だけではなく、施設プログラムからサイン、家具、公園に至るまでトータルにデザインさせていただきました。おかげさまでオープン後、予想をはるかに上回る毎年約150万人もの利用者があり、JR武蔵境駅で降りる人の1割がここを訪れることを目的にしているという調査結果も出ているそうです。この施設があるからこの街に引っ越してきたという人もいらっしゃるようで、うれしい限りです。
交流装置としての公共施設
武蔵野プレイスは、図書館系、生涯学習系、市民活動系、青少年系という4つの機能からなる複合施設です。図書館や公民館といった従来の類型にとらわれることなく、図書や活動を通して、市民同士が気軽に交流し、さまざまな人たちの居場所になるような、「知的交流拠点」をつくろうという試みです。
公共施設は、その独特の雰囲気や敷居の高さから、意外とユーザーが限られる傾向にあります。比較的施策が手厚い武蔵野市でも、とりわけ若い世代の参画を促すことは難しいとされていました。武蔵野プレイスでは、このような状況を鑑みて、地域社会を構成する人々が全世代的にまんべんなくやって来るような施設となることを目標にしました。そうやってはじめて「公共性」というものが生まれるのではないかということです。
居心地のよさが生み出す「公共性」
とはいえ、予定されている機能は、公共施設としては標準的で、それだけで隣のショッピングセンターにたむろするティーンエージャーたちを引っ張って来れるとは思えません。そこで私たちは、誰もが空間自体を魅力的に感じられるようなものにしていくことによって、これまで公共施設と無縁だった人たちも含め、さまざまなユーザーを引き付けていくことをめざしました。居心地のよさ、さらには空間の歓びのようなものをつくり出し、建築の力によって、全世代参画性、つまりは「公共性」を立ち現せようという試みです。
また、4つの機能をシームレスに融合させて、機能的にも空間的にも曖昧なすき間がたくさん含まれた状態をつくることで、類似施設にありがちな堅苦しさを解き放ち、さまざまな活動やさまざまな人たちの居場所をつくり出そうとしました。
「ルーム」の集合体
具体的な計画論として、武蔵野プレイスは、機能別にゾーニングして配置していく通常の手法ではなく、人の身体から割り出された心地よいスケールのスペースを多数用意して、これらの小分けにされたスペースを、全層にわたって連結させ組み合わせていくという、独自の方法によって設計されています。建物を機能に即してあつらえるよりも前に、まずは人の身体にフィットさせて、人が感じる居心地の良さをベースにつくっていこうということです。最終的には、かたちやスケールだけでなく、色、光、音、空気等、多層なパラメータで、ゆったりと人の身体を包み込み、多重的に居心地のよい場として設計されています。
こうして生み出されてきた個々のユニットは、「ルーム」と呼ばれています。武蔵野プレイスは、丸みを帯びた数十個の「ルーム」の集合体から成り立っているというわけです。また「ルーム」同士の関係はパラレルで、かつすべてが数珠繋ぎにつながった状態になっています。
武蔵野プレイスの4つの機能はいったんこれら数十個の「ルーム」に振り分けられた後に、連鎖的な関係が生まれるように順列・組み合わせがスタディされ、立体的に練り上げられているのです。
出会いを生み出す空間
1Fのエントランスを入ると、まずはど真ん中にカフェがある大きな「ルーム」に迎え入れられます。よく見るとカフェカウンターはぐるり360°回っていて、半分は検索用端末や本棚等、図書館機能として使われています。程よいざわめきやカップがふれあう音、端末を操作する音が、適度な通奏音となって、訪れる人を包み込み、公共施設にありがちな敷居の高さをぐっと下げ、この施設は誰でもウェルカムで、全体がカフェみたいな居場所なのだということを語りかけているわけです。カフェに隣接して、マガジンラウンジやギャラリーの「ルーム」がつながり、吹き抜けを介して、四隅から図書館の「ルーム」が見え、上方には市民活動の「ルーム」がのぞいている。
このように武蔵野プレイスでは、「ルーム」から「ルーム」へ、つまり活動から活動へとずるずるとつながって、本をさがしに来た人が知らず知らずのうちにミーティングに参加していたり、地下のティーンズのコーナーに遊びに来た人が隣り合う図書エリアに自然に入って行って、そのまま図書館の奥へと導かれていったり、スタディコーナーを利用する人が、市民活動のエリアを見ながら移動するうちに、ついつい巻き込まれてしまうといったことが、日常的に起こりうるように意図されています。
また全てが「ルーム」の集合体としてできているということは、廊下が全くないということでもあり、活動と活動が無媒介的に隣接しながら連鎖し、普段あまり接することがない人たちが活動を通して自然に混じり合うようになります。こうして建築空間そのものが交流装置として機能するわけです。
励起される「公共性」と思考の装置
写真を見るだけではわかりませんが、「ルーム」の集合体としてつくられている武蔵野プレイスは、独自の空間体験をもたらすように考えられています。私たちの最大の目論見も実はここにあります。
「ルーム」は、それぞれがひとつの室としてのまとまりがあり、人をやわらかく包み込むような十分な内部性・求心性をもっている一方で、同じ形状の開口部を介して、あらゆる方向から隣接する「ルーム」につながっていきます。開口部は、いったん人が通れるくらいの高さに絞り込まれるので、包まれ絞られまた包まれて、身体的にぶれやリズム、共鳴のようなものが生じ、直近の記憶と混じり合う人の認知構造とが相まって、ひとつの空間を体験するのとは異なる別な次元が生成してくるわけです。
私たちはそういった空間のリフレクションや相互貫入のような効果を「乳化」と呼んだりもしています。つまり「公共性」というものは、日常からやや励起された状態から生まれるのではないだろうかということです。そういった場所に身を置くことで、何かうきうきしたような気持ちになったり、何かいいことを思いつきやすくなったり、いつもよりちょっとだけやさしい気持ちになってコミュニケーションが起こりやすくなったり、たまたま居合わせた人に対しても少しだけシンパシーが生まれやしないか、そうやって空間からパブリック・コンディション(公共状態)というべきものが生成することをめざしていました。
同時にそれは、特に目的もなく訪れたとしても、空間がつながっているそのあり方自体によって創造性が触発され、思いがけない発想や活動へと導かれ、そのなかに入ると誰でもクリエイティブになれるような、思考の装置となるのではないかと期待しています。
(kw+hg architects代表 比嘉 武彦 × WIAD 大林 寛)
比嘉 武彦氏 プロフィール
川原田康子と共に建築設計事務所(有)kw+hgアーキテクツを共同主宰。
小住宅から商業、オフィス、公共施設に至るまでさまざまな施設の設計に携わる。人を引き付けてやまない居心地のよい建築をつくることによって、社会をよりよいものへと変えていきたいと考えている。
最近の代表作は「武蔵野プレイス」で、施設プログラムから建築設計、サイン、家具、隣接する公園など、すべてを設計。オープン後、年間150万人の集客力を発揮し、武蔵境の街そのもののイメージを変えたと言われる。
現在は岐阜県において、公民館と庁舎が一体となった「岐南町庁舎」を建築中。超機能的な庁舎棟の廻りにどこからでもアプローチできる大きな屋根を巡らせ、庁舎そのものを町の人たちが自由に集まる居場所にしてしまう、これまでのイメージを一新するような試みを実施中である。